船川神社本殿

上村(うえむら)は、太古の昔から人が住んでいた地域で、今でも今でも古墳や石器が発掘されています。
本殿の屋根の造形が特徴的で、その姿は中予地方では非常に珍しく、前拝があり、見事な龍の彫刻があり(かご彫り・すかし彫り)、一見の価値があります(友沢弥三郎(ともざわやさぶろう)作)。市指定の有形文化財です。

川上神社

1397年に河野通久によって開かれた後、何度も名前を変えながら、昭和18年から川上神社と改称された神社。
神社内には複数の神社名の石碑などが確認できます。
2010年に社殿の増改修工事がなされ、綺麗になっている。
川上神社内にある古墳は横穴式で巨石を使用していることなどから7世紀中頃(大化の改新)の終末期古墳であるといわれています。この古墳からは、県下最多の馬具が出土しており、被葬者は松山平野で極めて有力な首長の一人であったと推定されています。

則之内 三島神社本殿

本殿は国指定の重要文化財。南北朝時代(1339年頃)の建立とされ、三間社流造銅版葺。構造は、切妻造平入となっていて正面4.2m、側面4.5m。
本殿内の「木造随身立像」は県指定の有形文化財。延文4年(1359年)の作で、吽形の左大神(冠をつけ兵杖を帯びた姿をしている)2体があります。
1躯は像高138cm、他の1躯は135cmの寄木造りで彩色がしてあります。
また、木造のこまいぬ一対は、市指定の有形文化財。随身立像と同一人物作ではないかと言われています。

光明寺本堂

平安時代末期に開山された由緒あるお寺。
本堂は、1851年に再建された際、すべて欅(ケヤキ)でつくられており、市指定有形文化財となっています。
この建設時に描かれた本堂側面絵図も、市指定有形文化財。
伊豆大島に流された源 為朝を、河野水軍が密かに救い、この地へ迎えたと言われており、為朝のお墓があります。
星空観察の隠れスポットでもあります。